非日常の日常

ささやかな街歩きの楽しみとしてこっちに来てからポケモンgoを始めた。気が向いたらジムも攻略しているのだが周りにプレイヤーがいないのか、始めて5日ほどで住居周辺のジムが全部自分の手中に収まった。崩されたジムに再度自分のポケモンを置くのが最近の日課になりつつある。

 居住地の周辺を歩いていると、日本で購入した某ガイドブックでは「ここは庶民的な安宿が多くておすすめ!」とか「街角で○○を購入!」とか色々書いてあるのだが、現地の方に話を伺うと「あそこの地区は安いけどヒトもイヌも気性が荒いから近づかない方がいい」とか、全く正反対な話を聞くこともあるので本当に物は言いようだな、としみじみ思う。

 

 

入国当初は体調不良の連続で、外出する気分には到底なれなかったが、徹底的に生野菜を食べないことで腹痛を克服した。今なら少しはサラダも食べられる。

幸か不幸か、日本でもあまり米を食べない生活だった。そのため、毎日パンと紅茶とケバブと時々のスニッカーズで過ごしているが特に不満はない。

 

 

また、現地の生活は、未だにトルコ語をほとんど理解していないものの、「1~20」までの数字と「これください」の二つの言葉を駆使することでなんとなく過ごしている。なぜ20までの数字かというと、そこまでの数字の会計は現金決済のみしか対応してない場合があるが、それ以上の数字になるとほとんどの場合においてクレジットカードが使えるのでわざわざ自分で数字を理解する必要がないからである。無論、本当にその会計があっているか注意する必要はあるが、未習得の言語の地を旅行する人はひとつの参考にしてほしい。

これはちょっと辛い話になるのだが、ある日、小さな商店で買い物をしているとトルコ語でまくしたてられることがあった。何度も聞き返すと「Name!Name!」と連呼してくる。困惑しながら「I’m……」と言いかけたら、「oh、“AIM”!!!」と、名前をAIMだと誤解され、そのあと誤解を解くのに大変な時間を要したハプニングもあった。今後、日常生活で英語を使うことは控えたい。わからないなら答えない方がいい場面があるということがわかった。

そんなわけで、生活は困らないが言語面の不安と元々のインドア気質であまり遠出はしたくないな、というのが最近の思うところだ。

 

 

話は変わり、日本食の話に移る。

このところ、日本の同志たちから寿司や刺身やラーメンや牛丼といった画像が大量に送られてくるのでなんとかこっちでも日本食を食べられないかなぁと四苦八苦している。「寿司・チャイニーズ・タイレストラン」というものを見つけたのだが既にちょっと不安になる感じだ。でも、海外の日本食が一体どんなものなのか偵察も兼ねていずれ足を運んでみようと思う。

また、最近新たな知見として、現地の人があまり行かない高めのスーパーに行くとスモークサーモンやキッコーマンの醤油が売られていることが判明した。従って、まぁ寿司欲をギリギリ抑え込めるくらいのそれっぽい食べ物は作れるかなという感じがある。今後が楽しみだ。

トルコの食事雑感

トルコに入国してから約10日が過ぎた。世界三大料理と名高いトルコ料理であるがその実情は大半が塩コショウで味付けされた単調なものであり、美味しい美味しくないの議論はしないにしても日本と比べるとこの地域ではうま味という概念がさほど重視されていないようだ。

焼いた肉と、焼いた茄子やしし唐などの野菜と、生のスライストマトが出てきてそれ食べたらもういいよね、みたいな、そんな感じである。野菜も直火でサッと火を通すため、表面は焦げていても中まで火が入ってないことが多々ある。一皿25リラ(500円弱)くらいの安い店に通い詰めているからかもしれない。機会があればもう少し高い店に足を運んでみようと思う。

 

トルコでは野菜がとにかく安く、スーパーに行っても基本的に1キロ当たりの値段しか書かれていない。ジャガイモなんかは1キロ2リラ(現在のレートで40円程度)で売られているから驚きだ。しかも一つ一つがでかい。

 

そんなわけで、内食が極端に安く外食が高い構図がトルコ国内では形成されている。中食の概念は今のところあまり確認できていない。ケバブ屋でテイクアウトすることはできるがスーパーで総菜は売っていない。冷凍食品やパスタソースは若干あるのでそこら辺が中食と言える限界かもしれない。また、買い物をする際にはコンビニが存在しないので注意が必要だ。その代わりとしてトルコでは個人商店のような小さな食料を扱う雑貨屋が多数存在する。あまりしゃべりたくないときでも店主と顔を合わせて交渉しないといけないのでその辺は日本人にはやや辛いかもしれない。それと、思いのほか喉が渇いたときにサッと水道の水を飲むことが出来ないのがもどかしい。定住の地に着いたら10L単位で水を買いだめしておこうと思う。

 

ここまであまりいい評価をしてこなかったトルコの食糧事情だが、ジュースをはじめとして液体はかなり自信をもっておすすめできる。レッドブルは500mL缶で7.5リラ(150円)だしその他の飲み物も安い。コーラやファンタをはじめとして炭酸飲料のラインナップは日本とさほど変わらないし、日本にはあまりないアプリコットやチェリー、ざくろ100%のジュースがあるのが珍しい。難点としてはノンシュガーの冷たい飲み物はスーパーに存在しないことだ。アイランという冷たい塩入りヨーグルトはあるのだが、基本的に真夏でも砂糖の入っていない飲み物を飲むためには熱いチャイを飲むしかない。もし、トルコでノンシュガーの冷たい飲み物を知っている方がいたら教えてほしい。

 

スープ料理もとても美味しいと僕は思う。トマトスープ(domates çorbası)やチキンスープ(tavuk suyu çorbası)などの馴染みのあるものからレンズ豆を使ったエゾゲリン・チョルバス(ezogelin çorbası)、すりつぶしたレンズ豆のメルジメッキ・チョルバス(mercimek çorbası)など、その種類は多岐にわたる。中でもメルジメッキ・チョルバスは僕のおすすめだ。もし、読者諸兄がトルコに来る機会があれば是非注文してほしいと思う。

 

 

 

入国したときよりも日本食を食べたい気持ちは薄れたが、出汁のきいた豚汁が恋しい。早く役目を終えて日本に帰りたいというのが正直な感想だ。

奮闘、ホルムズ海峡を越えて

日本を飛び立ちドーハに着弾、そこから乗り継ぎ計17時間のフライトの末たどり着いたのはトルコのリゾート地アンタルヤだった。トランジットでは黒人の子供たちに囲まれて饅頭くらいの大きさの手持ち鏡をひたすらパカパカ自慢されたり周囲を回られたりしたが、まぁそれもいい思い出になった。フライトは不安が的中しクウェートやバグダット、シリア上空を通過。撃ち落とされないかひやひやしたが定期便が運航してることもあって悠々と通過できた。

トルコ入国は審査官との相性が悪いと場合によっては通してくれないこともあるという話を聞いていたのでそれもまた不安であったが、日本のパスポートを見せると「oh,Japon,welcome.」といった感じでわりとすんなりと通してくれたので安心した。飛行機の中にアジア系人種は誰もいなかったが、空港に降り立っても僕以外誰一人としていなかった。

 

黄色いタクシーの車窓から見える市街地はさすがに異国情緒に溢れ、トルコ国内でもリゾート地として知られるアンタルヤは道の並木がヤシの木で形成されていたり、建物の外壁がモザイク調のタイルやイスラムでよく使われる青色で塗られている。出国前は「日本人だとよく話しかけられるよ!」なんて聞いていたのだが今のところ全く話しかけられる気配がないので話しかけられるかどうかは個々人の問題が大きい、ということがよく分かった。

 

 

海外に滞在するうえで一番大切なのが飲み水の確保だ。パッと見た感じの所見だがどうやらトルコにはコンビニがなくその代わりとして飲食物を取り扱う雑貨屋がそこら中にあるようだ。売られているものは主に水、コーラ、アイス、店によってはパンも置いてある。ある程度の英語が話せるとはいえ、僕もそこまで流暢ではないし、トルコ国内でも英語は公用語ではないので買い物をすると言語の問題からわりと邪険に扱われる(これは日本と比べてなのでもしかすると誰に対しても変わらないのかもしれない)。早速海外の洗礼を受けている感じがある。

そして、どこの店に出向いても水には"Su"とラベルが張られているのでどうやら水はトルコ語でSuと言うのだなということがとりあえずこの数日で分かった。これは非常に大きな成果である。困ったらSuと言えば水を買える。読者諸兄もトルコを観光するうえでこのことは是非覚えておいてほしい。

 

今後の予定だが、このあとは研究の上で助けてくれるある人物たちを探して国内を移動する予定だ。先生からは名前しか伝えられていないのでいったい彼らがどのような風体を成しているのかわからないが今月をめどに各地を放浪しながら探していこうと思う。

新生活

前々から決まっていたことなのだが、これからしばらく日本を離れ海外の大学で研究生として生活することになった。海外に行くというのは不思議なもので、出発があと一か月以内に迫っているというのにいまいち自分が行くという実感がない。

でも、家で納豆を食べるとき、店でラーメンを食べるとき、牛丼を食べるとき、日本酒を飲むとき、冷凍たこ焼きをチンするとき、こうした生活の些細な出来事が、ふと、これから自分がこうした楽しみを享受できない世界に飛ばされてしまうことを実感させてくる。

彼らとしばらく会えない悲しみは筆舌に尽くしがたい。悲しすぎてまだ出発すらしていないのに「帰国したときは真っ先に松屋かラーメン屋に行く!!」という目標を既に立ててしまったほどである。

 

 

もちろん良いこともある

現地の生活費は諸々の団体に援助してもらって自己負担0円で過ごせる見込みなので、なるほどきちんと制度を活用できれば学生というのは大層便利な身分なのだなぁと最近はひしひしと感じている。おそらくこの先、自己負担0円の生活も海外の長期滞在も二度と経験できないのではないだろうか。

学部時代は同期たちとそりが合わず授業に出る以外は家に引きこもって全ての時間をオンラインゲームに費やしていた私だが、その4年間で得た海外プレイヤーとのチャット交流経験がいつのまにか自身の語学力の向上につながっていて現在海外留学まで成し遂げられているので、本当に人生何があるかわからないなと思う。一時期は大学を辞めることばかり考えていたが、なんとか続けていてよかったなと思う。

 

ネット上では「平成最後の○○」ということで、どちらかというと終わりに目を向けることが多いように思われるが、それに反して自分はこれからの新しい人生の始まりに目を向けて若干前向きに生活できるので少し恵まれてるのかな、とも思っていたりする。

 

 

 余談

ここまで沢山と抱負や近況を語ってきたが唯一の不安は進んできたキャリアに対してそろそろ自分の実力が追い付かなくなってきていることだ。ゲームのレート対戦みたいなもので自己のキャリアに応じて不思議と最近は高い専門性を有した研究者や海外のMaster,Doctorとお会いする機会が増えてきている。

彼らとは話している分には楽しいが、インドア出身の自分には仕事を進める速度や他者との交流が少ししんどくなってきた。ワークライフバランスについて、今一度考えてみる良いタイミングなのかもしれない。

7月の総括

近況

押し寄せてくる予定に身を任せながら生活していたら、いつのまにかブログの更新は遅れに遅れ、前回から約1か月が経過していた。何も考えず過ごす日々は一瞬で過ぎ去ってしまい、私に論文を早く執筆しなければいけない焦りとこれからの研究生活の不安だけを落として去っていった。研究生活で打ちのめされると帰ってきてから何もする気が起きなくなるので最近はゲームばかりしているのだが、そろそろ気持ちを切り替えてまた勉強をしていきたい。

再会

今週は約2年ぶりくらいにTwitterのフォロワーに会ってきた。1時間くらいの短い会合だったが非常に有意義だったように思われる。一言一句正確に覚えているわけではないので多少の差異はあるが、「研究をしっかりやってて偉い、多くの人は同じことを継続して続けることは難しい」といったようなことを言われた気がする(もし違ってたらすみません...)。

私自身、同じことを継続して続けることが苦手なタイプなので前者よりはむしろ”多くの人”にばっちり当てはまってしまうのだが、それでも一つくらいは周りに誇れるような継続した実績を示せたらいいなと改めて感じた。一緒に食べた担々麺はこの大学に来てから一番味がビシッとキマッてて美味しかった。

雑感 

このところ、友人たちが昔より少しずつ前向きな考え方に変わってきているので傍から見ていて「頑張れー!」と思うことが増えた。他業種からもともと好きだった酒造業界への転職を考えたり、就活に向けてプログラミングを学んでみたりなど、各地方に飛び立っていった友人たちはみんなその地域で頑張っているようだ。自分も負けてはいられない。

中学、高校、大学、大学院と過ごしてきて「今さら○○を始めるなんて遅いよなー」という周囲の同意を求めるような諦めの枕詞を沢山の人から山ほど聞いてきた。私の信条としていることだが「何かを始めるのに遅い時期なんて存在しない」と思っている。むしろ「○○を始めるなんて遅いよな...。」と迷っている時期こそが一番の無駄なのだ。なぜなら心はもうそっちへ興味を向けているのだから。

研究も趣味も、新しい分野に挑戦するときまって「そんなことをして何になるのか」と言う知らないおじさんやおばさん、同期や、はたまた両親が現れるのが常だが、どうか読者諸兄にはそうした言葉に惑わされず自分の信条を貫いてほしい。大小問わず特定のコミュニティの中で自身が新しいものに挑戦するときは、少なくともその集団においては自分が先駆者であり開拓者である。変化を恐れる他者からの批判や雑言はどうしても避けては通れず、ある程度流していかないといけないだろう(もっとも、孤独で戦うのは病みがちなので周りに一人以上理解者がいるのが精神衛生上望ましいとは思うが)。

自戒の念も込めた発言になるが、くれぐれも周りにいる自分よりも優れたスキルをもった友人の話ばかりして「こいつすごいんだぜ~」ということだけが取り柄の人間にはならないよう努めたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・思いのほか辛気臭い話になってしまったので、最後にこの一か月楽しいことは何があったか簡単にまとめて今回を締める。

 

 

~~楽しかったこと~~

誕生日を迎えた

農作業をしたあと昼からビールを飲んだ

伊豆旅行に行った

TOEICのスコアがようやく700点を超えた

~~~おわり~~~

 

 

 つらいことよりも楽しいことが多い一か月だった。

体力をつけたい

平日は家に帰ってくると疲れで気絶するか、気絶しないように何とか耐えるか、の二択を強制的に選ばされる。仮に眠気に耐えることが出来たとしても耐えることで精いっぱいで、家に戻ってくるころには集中力のかけらもない。

そんなわけで最近は、外出時にいかに必要なタスクをこなせるかのRTSを毎日やらされてる感じだ。なかなか忙しい生活だとは思うが、珍しく続けてて嫌な感じもないので自分は意外と研究が好きなんだなと気づかされた次第である。

 ここまで読んで「じゃあ休日はどうなんだ?」と思う人がいらっしゃるかもしれないが、休日は休日で10時間くらい寝てしまうので、溜まった家事を消化していると意外と時間がない。

もう季節も夏に突入しており、ここはひとつ時間を捻出して暑さに負けない体力づくりを始めたいなと思う。ウェットラボでは身体が資本だ。

進捗状況

早計ではあるが国際誌に出す論文の執筆を始めた。

「実験は僕らが予想する期間の3倍は時間を取った方がいい」というのはうちの教授の口癖で、そうした背景もあって実験が完遂されたわけではないが長めに期間を取ったうえで論文執筆を始める。上手くいけば複数本の論文を私の名前で在学中にリリースできるので、そうなるといいなぁと思いながら今後は頑張っていこうと思う。

 

これはちょっと珍しい話になるが、授業を履修していなくて良かったと思えることがあった。

当の内容は「英語論文の作成法を学ぶこと」を主とするもので、この授業を履修するためには毎週の、研究に関する英作文と簡単なスピーチの披露が義務付けられている。

内容としては自身のスキルを磨けるいい機会だったのだろうと推察するが、おそらく現在の私の状況では授業に提出する課題を作成するために自身の論文が執筆できない、という本末転倒な状況に危うく陥ってしまうところだった。

幸いにも書く題材が既に手元にあるので、そうした授業を受けずとも実践的なスキルアップが出来るのは恵まれた立場にいるなと感じる。

 

日常

イスラム教徒の方が豚骨ラーメンを食べている場面に遭遇したので「そのラーメンには豚が入っているよ」と伝えるべきか非常に迷った。本人も知ってて食べているだろうと忖度して結局言わなかった。宗教上食べるものに制約がかかる生き方は日本だと何かと大変そうだなと思った。

 

 

近況

週の半ばにゼミがあって研究の進捗状況を発表した。自分はそこそこだった。

完全な不注意で留学生用に進捗の英訳を付けることを忘れてしまったので「申し訳ないけど口頭で説明するね」と前置きして、思い切って進捗報告は全て英語で話して済ませた。思いのほか好評で、我ながら機転の利いた危機回避だったように思う(訳を付け忘れている時点であまり評価はよろしくないのだが...)。

これまで話せなかった英語を本格的に勉強し始めたのが3か月前からなので、なかなか早い成長を遂げているのではないだろうか。

加えて、バングラディシュ人に「お前の英語は上手でclearだし、単語も簡素なものに済ませているからわかりやすいよ」と、あとで個人的に褒められたのが嬉しかった。無論、私の英会話スキルが乏しくて「簡単な単語を選んでいる」というよりはむしろ「簡単な単語しか使えない」のほうが実のところとしては正しいのだが、それでも嬉しかった。今まで英語で褒められたことが一度として無かったからである。

 

 

完全に回想にふけってしまって申し訳ないのだが、高校のころから勉強には負い目があった。

生き物好きが高じて生物科目は抜群に得意で、県内1位を模試でとることもあった。しかし、それ以外の科目は校内でもこれといって目立つものではなかった。そこそこの進学校に在学していたこともあり数学や英語、国語といったメジャーな科目で全国で優秀な成績を修める生徒が多数いたので、僕の県内1位もだいたいそれらの波に埋もれて見えなくなっていた。それに、評価されるのはいつもメジャーな科目の方だった(あくまで私見である)。

生物が教えたくて塾講師を務めたこともあったが、そこでも「生物じゃなくて理系だし数学教えてくれると助かるんだよねー」という愚痴交じりの評価を頂いたし、そのころには「生物なんかできてもなぁ」と若干卑屈にすらなりかけていた。そんなわけで、今まであまり自分の頑張ってきた勉強が正当に評価されるイメージが持てなかったのである。

 

だからこそ、留学生から「英語上手いね」と言われたときは一瞬戸惑ってしまった。大学に来ても「彼は英語が上手いよ」とか「あいつは頭がいい」とか、そんな話ばかりで、決して自分が話題に上がることがなかったためである。まさか、自分が...?という気持ちでいっぱいになるとともに、すごく懐かしい気持ちになった。

「お前、勉強出来てすごいなー」なんて直接言われるのは実に小学生ぶりかもしれない。おかげであの頃の気持ち、あの頃の勉強に対する思い、色々思い出すことが出来た。小学生のときにはまさか自分が20歳を越えても学生をしているなんて到底想像は出来なかったのだが、あともう数年だけ、勉強を頑張ってみようと思う。

 

その日はバングラディシュ人に最大限の感謝をして気持ちよく家に帰った。